C<風味と拘り 岩魚について>

                                                                          07、3、18 UP
『岩魚』のことは、ご存じですか。
渓流の最上流を生活圏とする魚です。これ以上の上流には魚族は定着できず、いても
山椒魚ぐらいの山奥に棲む魚です。
旅先の宿で、『これは山奥の清流にしか棲まない岩魚の塩焼きです』と出されること
も多くなりました。
食膳の岩魚の塩焼きは、形こそ[岩魚]であるものの、既に冷めて、身も硬く、風味も
乏しく、箸を通してみて本当に美味しい焼き物には、まずお目にかかれません。
いかに秀麗な器に乗せられても、これでは飾り棚の蝋細工と変わりありません。
岩魚を食べた記憶は残っても、どんな味覚であったかまで覚えている人は少ないので
はないでしょうか。
岩魚の料理法は、骨酒、塩焼き、味噌焼き、刺身、岩魚汁、燻製と様々ですが、一般
的に食卓に上る魚ではありません。
少し横道にそれますが、かなり昔の渓流釣りの紀行文に、“飯ごうに沸かした熱い焼
酎の中に、小振りの生きた岩魚を入れて飲むと旨い”という一文がありました。
それを真似て試してみたものの、生臭いばかりで旨い骨酒にはならなかった記憶が残
ります。
焼き枯らした岩魚を熱燗に浸して飲むことが正解のようです。
どなたか前述の方法でも、美味しい骨酒の飲み方があれば、是非伝授して下さい。
さて、岩魚は本当に美味しい魚でしょうか?
 鯛や平目や鯵と比べても美味しいと言えますか?
それでは毎日が岩魚料理でも喜べますか?

実は最近では養殖物が大半で、中には池育ちで鰭も擦り切れ、昔のように職漁師が供
給する天然物にはまずお目にかかれません。
岩魚に限らず、魚の味の良し悪しは、塩焼きならば、香り立つ風味こそが第一なので
す。
そして、季節による旬があります。
魚釣りを通じて季節を感じられることは嬉しいことで、鮎釣り師ならば初夏6月の解
禁ともなれば『今年も若鮎の季節になったか』‥‥、と釣り師の心は沸き立つもので
す。
鱒族は秋に産卵期を迎え体質変化を起こし味は急速に劣化してしまいます。
その後、厳寒の冬を生き延び、体力が回復する4月中旬までは、まだ痩せた個体が大
半です。
3月解禁直後に峡北地方(山梨県北西部)の渓流の水温は0.5度と限りなく氷点下に近
く、厳しいものでした。
飛沫も凍る冷凍状態の中でしっかりと生きている渓魚に敬意を感じてやみません。
最近釣り師の間では、ニッコウ岩魚とヤマト岩魚が論議を呼んでいます。釜無川水系
で釣れる岩魚はどちらでしょうか?
峡北地区では、本来この地に生息していたはずの岩魚ではなく、放流されたニッコウ
岩魚が大半なのです。
この二つの岩魚を一目見て判別できる眼力の持ち主は、かなり岩魚に精通した人に違
いありません。
岩魚もまた鱒族です。東北北部から北海道にかけては、アメマスとして海に下ります。
近年、岩魚の人工養殖が成功するようになり、釣れる岩魚の多くは放流された養殖岩
魚となってしまいました。
相模川の上流の桂川や、千曲川筋では、岩魚などの渓魚を毎月のように多数放流して
、釣堀状態と化し風情すらありません。
それでは日本全国では、何処の岩魚が最も美味しいのでしょうか?。
岩魚の味に関して言うならば、私の体験に基づく独断と偏見ですが、日本海側の青森
、秋田(白神・阿仁)が最上です。
肉質にほのかな甘み?とコクを感じるのは、私だけでしょうか。
残念ながら峡北の岩魚は遠く及びません。
かつて(昭和40年代まで)温泉地には岩魚の職漁師がいて縄張りを守っていました。
彼らの釣る岩魚は、大きさも揃っていて、旅館に卸され、食膳を飾っていた時代があ
りました。
養殖や三倍体の技術の出来る前の、そんな時代に帰って、天然岩魚を是非味わってみ
たい。そう思うこの頃です。
最後に、天然の岩魚や天子が釣れたら燻製にしないのか?という質問があるかもしれ
ません。

シーズンの春から秋は燻製作りのオフとなるために燻製は作りません。
しかしテント持参でブナの森に分け入り、釣り上げた岩魚を河原で流木を集め、焚き
火で焼き枯らした岩魚は、アメ色に輝き、瀬音、渓風、焚き火のハゼル音など全ての
風情と共鳴して味覚を演出してくれます。
これぞ贅沢の極みであり、岩魚が最大のメインディッシュとなる場ではないでしょう
か。
次回は、更に美味しい天子についてお話します。

D<風味と拘り 天子について>

                                                                
                                                      4月16日UP  鴻森 悟 


                    南アルプスの渓流

さして期待することも無く食べた魚が、実は旨かった。

そんなことはよくあることです。

温かかったから、新鮮だったから、料理が上手くいったから・・確かに要素はありそ

うです。

鮪の刺身が冷凍と解凍の技術で決まるように、新鮮な素材を生で食べるのでなければ

、共通して云えることがありそうです。

そもそも“魚”は生臭い食材です。

ましてや川魚となると大半は独特の臭みを持ち、それだけで嫌がる人も多いのが現状

です。

鯉や鮒にも料理はありますが、進んで食べる気にはなりません。

川釣りが三度の飯より好きな私も食べる魚は脂鰭の付いた魚族だけです。

この川魚(鱒族)をより美味しく食する為の基本は、いかに香りを引き立て、風味を

活かすかにかかります。 川魚本来の味は蛋白で云うならば質素です。

“秋刀魚”や“鰻”のような演出も一例でしょうが、この香りを言い換えるなら“炊

きたての新米”や“味噌汁”の沸き立つ香りに近いのかもしれません。

日本各地の山間部に生息する山女は、渓流の女王とも呼ばれ、外観も美しく美味しい

魚です。

素材の味を活かした「塩焼き」は最高です。先の岩魚より確実に美味しい魚です。

日本海側の河川では鮭のように降海(♀)して桜鱒として遡上する魚ですが、全国各

地にダムが造られ絶滅してしまった河川も多くあります。

各地の漁協が、陸封型の個体を養殖し放流して復活させていますが、地のものはかな

り貴重な存在となってしまいました。

西日本には全身に鮮やかな朱点をまとった山女が生息して、これを天子(アマゴ)と

呼んでいます。

ここ峡北には天然の天子(山女)が釣れる場所があり、味は絶品です。

特に奥山に藤の咲く頃、苦労して釣り上げた7〜8寸のものは、体高もあり、ヒレも張

り、顔立ちは精悍で、姿は凜として気品に満ちています。

体側の朱点が大きく鮮やかなことが特徴で、放流された個体とは、一線を画します。

もちろん釣れる場所は限られ、秘密です。

放流されて定着した岩魚より更に上流に、秘かに棲息している場所さえあるのです。

この天子を美味しくいただくには、釣れたらすぐに野締めにし、地塩を打ち一日寝か

し、炭火で焼けば最高です。

風味やわらかく、味も丹精で、最後の一箸まで味わえます。

酒に合い、風情を愛でれば至上の贅沢となる逸品です。

峡北で捕れる三大渓魚を天子・岩魚・鮎とするならば、今では私が自信をもって誇れ

るのは唯一これだけです。

天然の魚には必ず旬があり、天子でも、春は脂の乗りが足らず、盆を越すと味が枯れ

てしまうのです。

しかし、この最も脂の乗り切った天子を釣り上げることは、容易ではありません。

日中は岩影に秘み、まず餌を追ってきません。

早暁か黄昏の一瞬か、増水時が唯一のチャンスとなります。

特に私は、早朝が好きです。

朝陽を浴びて黄金色に輝く八ケ岳や甲斐駒を仰ぎつつ、美魚と遊びながら自然の息吹

を満喫できるからです。

釣りと食は、甲斐の山々の四季と相まって、季節の風と棲息する渓の瀬音まで伝えて

くれます。

もし、天然の良型の天子が釣れたら、材を活かす器に載せて、見て、感じて、味わっ

てみたい。

しかし私の腕ではなかなか実現しそうにありません。

究極の食材は、大間の本鮪だけではないと拘りを持ちつつ、週末は峡北の奥山で天子

に遊ばれています。

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E<番外編ー水について>

                                                                            2007/5/15 up

梅花藻とガラスの華
          梅花藻とガラスの華

                                     


国道20号に沿うように峡北地区の中央を流れる釜無川は、日本三急流の一つ“富士川

”の源流にあたる川です。

この釜無川は、甲斐駒岳と八ケ岳を源に、峡北地方の全てを潤す、この地方にとって

は“母なる川”といえる川なのです。

以前に触れたように、白州の水は名水百選にも選ばれています。

火工岩の岩盤によって磨かれた水は、『武川米』(米)、『七賢』(酒)、『白州の

天然水』(水)、『白州』(ウイスキー)など・・。

今では“水”が一つのブランド価値を創造しているのです。

私も白州に来る目的の一つが、美味しい水を持ち帰り自宅でコーヒーを沸かし、米を

炊く楽しみにあります。

ところが、“名水”の指標ともいうべき、この母なる釜無川が病んでいるのを知って

いますか。

私には、郷土の財産ともいえる母なる川が地元で、かなり粗末に扱われていることが

残念でならないのです。

それでは何故そう感じるのかをお話ししていきます。

本来、河川は上流に遡る程に清く流れるものです。

しかし釜無川を韮崎〜長野との県境にあたる上流の国介橋まで釣り遡ってみると、上

流に行く程に、明らかに川は死んで行くことが分かるのです。

生活排水の流入は現時点ではやむおえないとしても、問題は不法投棄と土木関係施設

からの砂利洗いによる大量の泥の流入、更にごみ処理施設からの排水、・・など痛ま

しい限りの状況なのです。

鮎釣り場として人気の高い下流域が面目を保っているのは、甲斐の山々から出ずる支

流群から清烈な水が豊富に流入しているからなのです。

最近、夏には大鮎釣りでにぎわう有名な支流があります。

実際ここは鮎も天子も素晴らしく肥えた魚が釣れるので驚いてしまいます。

しかし、理由は悲しいかな、川の汚れによる富栄養化によるものだといわれています。

私が、先に峡北での三大渓魚から鮎を外した理由はここにあるのです。

釣り師は、魚を通して敏感に環境の変化に反応するものです。

水の透明感や、香り、水苔や生息する水性昆虫を通して川と対話しているからです。

いつもは背景の中の造形の一つに過ぎない“川”ですが、観て、触れて、聴いて、感

じてみると少し違った次元の世界が見えてきます。

残念ながら、今の釜無川は、流行り言葉で言うならば、不摂生を重ねた中年のメタボ

リック状態といった処でしょうか。

その釜無川にも、唯一生き返る季節があります。

それは、甲斐駒の雪代が動脈を洗い流す、峡北の桜も終わり初夏も盛りの5月上旬の

一時期と、台風等の増水後に限られます。

この時ばかりは本来この地にあったであろう川の流れに戻るのです。

そして実はもう一つ気になることがあります。

白州ではこの20年、初夏に蛍を見ることが全くといって良いほど無くなってしまった

ことです。

これもきっと水と深く関係していると思われるのです。

美味しい水と空気があってこそ、食材は輝き、食も器も活きてきます。

皆がそれぞれの立場で少しずつ・・、川やそれを育む自然を大切に思いやることが大

事なことではないでしょうか。

私にとって第二の郷里となった、この峡北地方の名水に育まれた“渓魚”を誇れる、

健康な母なる川に、皆が少しずつ気遣うことによって、近い将来なって欲しいと切望

してやみません。

(完)


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